つぶす
「朝倉様は粒が飲めません。つぶしてください」。看護婦の山田さんが調剤室に駆け込んできました。これは患者さんが錠剤やカプセル剤のように粒状の薬を飲み込むことが出来ない状態となったから粉状の薬にして欲しいということなのです。粒状の薬を粉々にすることは正確には「粉砕」という言葉が使われています。現場はこのような丁寧な言葉はあまり言わないで、俗に「つぶす」といいます。しかし、このような要望があったとしても、すぐ言われた通りに粉砕にとりかかることはあまりありません。
まず同じ薬で粉状の薬(散剤)が現在自分の調剤室で取り扱っているかを考えます。散剤があれば、一錠が何グラムに相当するか、計算します。なければ、この粒の薬が粉砕していいものかどうかを調べます。患者さんに出す薬が一種類の時とそれ以上の複数の時ではまた話が違ってきます。一種類の場合は薬の添付文書やアンチョコの本ですぐ判明します。複数の時はお互いの化学的性質を考慮します。極端な話でいえば、酸性のものとアルカリ性のものは反応してしまい、薬として使えなくなるわけです。
いろいろ考慮した上で素直に「つぶす」場合は、やっとここで作業に取りかかります。しかしすぐに「つぶす」ことが出来ない時、変わりの薬を考えます。医師に連絡をとり、処方変更の承諾をとります。
この場合「つぶすのがダメ」すなわち「粉砕不可」の理由が「効き目がなくなる」とはっきり説明できる場合、医師はすぐ了解します。しかし「長時間タイプの製剤ですから一気に胃や腸で溶解してしまいます」などと説明した時、医師は素直にこちらの変更意図に応じないことがあります。「あまり大したことでないだろうから、そのままつぶしてね」と答えがくることがあります。
こうなると、こちらも粘るのです。折角患者さんの状態に合わせて処方を組み立てた医師はそれまでにかなりのエネルギーと時間を費やしております。一方、薬剤師は薬の化学的性質などをますます考え、ついには電話でらちが開かず医師のところに出かけます。ここで医師と薬剤師はこの患者さんにとって一番良い方法、最も適した薬を選択する話し合いをします。
しかし一般的に、まだまだ薬剤師は医師の意見を優先するのが現状です。医療現場では医師、看護婦が最も患者さんに接している時間が多いのです。薬剤師はほんの数年前からやっと患者さんと直接話を交わすようになりました。まだまだよちよち歩きの状態です。患者さんの状態を把握できていない薬剤師では、医師への助言はありえないことです。このような処方内容の変更にまで関与することを「処方支援」といいます
やっと私は先ほどの薬をつぶし、調剤を終えました。別の薬剤師がこの薬をもう一度間違いがないか監査し、看護婦の山田さんへ連絡を入れました。
「ありがとうございました。予定の服薬時間に間に合います。」彼女は薬を持ってそそくさと調剤室を後にしました
毎日調剤室の中では多くの患者さんの薬がつくられます。処方箋の記載通りの調剤をすることで、新人薬剤師とベテラン薬剤師では薬の出来具合は同じに見えます。しかし、その調剤過程において大きな隔たりがあります。私は「処方箋の裏を読み取ること」と、よく新人薬剤師に話します。処方医師の意向、患者さんの状態、そして「薬たち」が十分力を発揮して働けるか、まさに薬剤師の決断にかかっているのです。患者さんの体内に入って「やあ、活躍できるぞ」と薬が十分効き目を発揮できなければ、かえって患者さんに負担をかける場合もあり得るのです。「毒にも薬にもなる」のが薬なのです。これをお読みの皆さんも、十分服薬には気を配り、多いに薬剤師をご利用ください。