疥癬ふたたび その2

200X年X月X日の午前中に入院中のY様が疥癬と判明し、入院患者様全体の見直しを行った結果、被疑者も含め、合計34名が判明しました。当院の皮膚科専門医にすぐ連絡し、薬や処置などについて詳細な指導をいただき、実行しました。

「疥癬確定者と被疑者は直ちにγBHC軟膏を塗布、翌日から六一〇ハップ入浴とオイラックス軟膏塗布を行う。入浴は毎日。シーツ、病衣などは毎日取り替える」などです。

この日の午前中、私は薬の手配に悪戦苦闘していました。これらの薬は普段は多量には必要ないため、病院内の在庫がありません。γBHC軟膏は1回分として1人分20gで合計約700gが必要です。他のものはとりあえず2〜3日分と考えても、六一〇ハップが一瓶440gのもので5瓶、オイラックス軟膏1瓶500gのもので4瓶が必要です。その他に職員に、感染予防でこれらを配布しなければなりません。

日ごろ出入りの薬の卸問屋に片っ端から電話です。おかげで夕方近くには予定の薬はほとんど揃いました。

次はγBHC軟膏を作らねばなりません。S君が原料の薬を計り、A君がこれを混ぜ合わせ、出来たものを順次、私が容器に詰めます。軟膏作りの作業は7回繰り返し、ようやく出来上がりです。次にオイラックス軟膏を50gずつ約100個容器に詰めます。これは患者様用と職員用です。

最後に六一〇ハップです。患者様は病院で入浴ですから浴室に大瓶で渡して小分けしながら使ってもらいます。しかし職員は各自が家庭で、しかも家族にも当初は使ってもらいたいので、50gずつ瓶に入れます。こうしてすべての薬が準備できた時、もうすっかり夜になっていました。さすがにみんな、「あー疲れた」とぐったりでした。

それからの毎日は、病院をあげての業務が繰り返されました。薬剤師は通常は薬を補充するだけでしたが、当院では少し違います。患者様の状態が変われば写真をとり、新しく発疹ができれば医師が採った皮膚を検鏡し、判定に関与します。

疥癬については検鏡という重要な確認作業が必要ですが、これには若いS君A君薬剤師2人の活躍が挙げられます。薬剤師は学生時代に顕微鏡を扱っての授業もありますから「扱いはお手のもの」と思われるかも知れませんが、一般の薬剤師はなかなかそうはいきません。たまたまこの2人はどちらも微生物学教室に所属していた経験が物をいい、検体の扱いも顕微鏡の扱いも本領発揮なのでした。だからこのような非常に重要な場面で優秀な働きが出来たのです。

また看護師やケアワーカーも大変でした。日々患者様の状態をチェックし、報告しあいながら勤務交代を繰り返し、決して入浴や処置のし忘れがないことが肝要だからです。

結局この騒動は、約三ヶ月で撲滅することができました。患者様は1人が完治し、疥癬解除となっても、また別の患者様に発生したりしました。また皮膚が奇麗になって喜んでいても、爪にダニが残っているようで、数日後に再発することもたびたびでした。

結果的に患者様は、感染者、被疑感染者とも当初の人数を大きく上回ることはありませんでした。またケアワーカーや看護師には感染患者様の部屋へ出入りする者を制限したため、職員の感染者は一人で収まりました。朝礼など全員が集まったところで「ことのほかうまくいった」と院長が労をねぎらい、皆で喜び合いました。

いずれにしても、今回は皮膚科専門医が最終的な指導や判断を示してくださったので、私たちスタッフはとても安心して働くことが出来ました。

高齢でしかも長期入院の患者様が多い病院においては特に、感染力の強い疥癬は要注意なのです。自院での発生はもってのほかですし、今回のY様もそうだったのですが、他院や他施設からの転院者が持ち込むのも困るのです。

これからも入院前の相談や検討なども重視し、再び騒動にならないように心がけたいと思いました。