簡易懸濁法(かんいけんだくほう)
「管(くだ)がまた詰まってしまいました。すみません、もう一包作ってください」。看護師が調剤室にかけこんできました。
このような時、薬剤師の私は「またぁ、しょうがないなぁ」と心の中でつぶやきながらいつも準備を行っています。
入院している高齢の患者様の多くは、錠剤やカプセルなどをそのまま飲みこむことが困難です。そこで粒状の薬は「粉砕」して粉薬にし、これをぬるま湯などに溶かし、患者様に飲ませます。ご飯にふりかけ、ご飯と一緒に食べていただいたりする場合もあります。また食事を自分で噛んだり飲みこんだり出来ない方には、チューブを直接胃まで挿入し、栄養剤や薬をドロドロの液状にして流しこむこともあります。
「どうしたの!一度に流しこめばダマになって、固まったりするでしょう」と言いながらも、薬は少しずつ溶かすことや、水分を多めに溶かすこと、チューブは少し太めにするなどと、助言しておりました。なぜなら溶かし込んだ粉はダマになりやすく、完全に溶けないことがほとんどでした。つまり「みかけ」が液状でも、液自体は均一でなく、実はチューブも詰まりやすかったのです。
今年の8月17日午後から、横浜で第23回関東ブロック学術大会が行われました。この日、開会式に先立って新人薬剤師の娘と昼食をともにしました。神奈川と埼玉にそれぞれ別々に住んでいますので、久しぶりのご対面です。それなのに話題は仕事のことばかりになってしまいました。この時、粉砕にかわる方法として「簡易懸濁法」があることを彼女から教わり、参考書も買ってもらいました。
簡易懸濁法では粒状の薬を、そのままの形で、または使う直前に軽く叩いて粒の形を少し崩してからぬるま湯などに入れ、時間をおくことで自然と薬がボロボロに崩れ、濁り水のようになるのです。つまり胃腸内で行われていることをコップの中でするわけです。
この方法では、粉砕して溶かした場合に比べ、薬のロスや粉砕する手間、懸濁しづらいといった問題も解決です。また粉砕してから使うまでの間に湿っけることで薬の効果が損なわれるのではないかという心配もありません。
その翌々日、学会から帰って、部下の薬剤師に簡易懸濁法の話をし、意見交換をしました。彼らも知らなかったことだったので、この参考書を読み、皆で勉強しました。
数日かけて医局会や、診療会議でも紹介し、了解がとれました。そこで斉藤様と高橋様にこの方法を試みることになりました。
まずは斉藤様です。服用中の止血剤二品がどちらも簡易懸濁法が可能でした。これらの薬を粉砕せずに、粒のまま2B病棟へ持っていき、本のコピーを見せながら看護師への説明開始です。
彼女たちは、始めは「えっ、溶けるの?」とけげんな顔もあらわでした。
「えー、お立会いを」と皆の視線を集めながら、ぬるま湯をコップに約20mlとり、そこへ薬をポチャンと入れます。すると薬はどんどん溶けていくのです。
では次にと、第2弾の試みです。錠剤とカプセルをそのまま注射筒の中へ入れ、白湯(さゆ)を吸いこみます。さあ、シェイク開始です。こちらは振り混ぜるわけですから、カップで溶かすよりも早く溶けました。
続いて高橋様です。この方は胃潰瘍薬が追加になったばかりで、もちろんこの薬も簡易懸濁法が可能でした。再び看護師へ説明すべく、意気揚揚と4A病棟へ向かいました。ところがこちらの病棟の看護師たちは、海千山千の口達者ぞろいです。「つぶす手間が減って薬剤師が楽なだけじゃないの」と、はじめから手厳しい反応です。
しかしここで負けてはいられないので、早速実演開始です。カップにお湯を入れ、錠剤をポチャン。タイマーをかけて待つこと10分間。見事にこの薬も溶けました。「ふ〜ん」と言ったそっけない反応でしたが、この方法を理解し、受け入れてくれる雰囲気にはなりました。
このお二人を皮切りに、私たちは可能な薬をどんどん簡易懸濁法に切り替えていきました。始めは「嫌だ、面倒!!」と言っていた看護師も、すぐ溶けること、管がつまらないことで次第に納得し、協力的になりました。
元来、薬は水やぬるま湯で飲むように言われています。しかしこの簡易懸濁法は薬を胃に入れる前に溶かしておこうということなのです。高齢者の薬は今までは粉薬にすれば薬剤師の役目は終わりと思っていた私たちでした。この方法はまったくの発想の転換でした。この参考書では、溶かす時間や溶かしこむ液を薬ごとにきちんとデータで示していますから、現場の薬剤師としては大助かりなのです。
「ムムム、これは使えるね」と大いに納得しながら、今や当然のようにこの方法を用いている私たちです。
薬剤師に限らず、昔からとか前からやっているなどの先入観はあまり持たずに、仕事などのやり方をドンドン変えていく気持ちを忘れないようにしなければと、改めて思った出来事でした。
【参考資料】
内服薬 経管投与ハンドブック 投与可能薬品一覧表
平成13年12月31日初版
監修 藤島 一郎〔聖隷三方原病院リハビリテーション診療科科長]
執筆 倉田なおみ〔昭和大学藤が丘リハビリテーション病院薬局長〕
発行 株式会社じほう 2800円(税別)