電気紙芝居
糖尿病は生活習慣病のひとつです。この病気の患者様が検査入院をなさった時は、病識を深めていただく絶好の機会です。私たち薬剤師は5月中旬に話し合いをし、「検査入院時にも服薬指導をしたい」と医局会でも提案しました。
患者様への服薬指導に目新しさを与えること。十分理解できるようにすること。自宅に帰った後も資料が患者様の手もとに残るようにしたいこと。この三点を強調しました。そのためにノートパソコンを使うことも話しました。スライドで、はじめに糖尿病の説明、次に飲み薬、注射薬の紹介、そして薬の効き方の説明を見せるのです。患者様が飽きないようにと、約20分で17枚のスライドを準備しました。
真夏を思わせる暑い日の午後、私は小脇にノートパソコンと資料、説明書や注意書を持って、いざ出陣です。
「こんにちは。ご気分はいかがですか。よろしければお薬のお話を少ししたいと思い、お伺いいたしました」。はじめのあいさつの後、私は手に持ったパソコンをおもむろにベッドのテーブルに広げます。患者様は何が始まるかと興味しんしんです。
「では今からこれを使いまして、糖尿病のお薬についてのお話をいたします」
今日の患者様は女性で65歳。長年糖尿病の薬を飲んでいらっしゃいます。
「現在、お薬を飲んでいらっしゃいますが、お飲みのお薬のタイプはどれかおわかりですか」と画面のスライドを示すと、「あっ、これです」と、画面のオイグルコンと書かれている所を指さされました。
「ではこのスライドはどうでしょうか。薬の効き方が書かれていますが、オイグルコンはどこに効くでしょうか」。
「うーん、わからないわ」。
「そうですか。実はここなのですよ」と、スライドのすい臓と書いてある部分を今度は私が指さします。
話が進むにつれ、熱心に見つめていらっしゃいます。
私は患者様の様子を見ながら慎重に1枚ずつ進めていきます。
最後は低血糖の話です。低血糖は命にも関わることがあるので特に注意が必要なのです。
スライドを終えて「いかがでしたか」と声をかけると、「はじめて詳しく説明を聞いた気がします。薬をのむことで病気の進行を遅らせることができることもわかりました」と言われました。この患者様は、例年この検査入院をしている方でしたから、昔のやり方と大いに違うこと、この病院でこのような「文明の利器」が使われたことにも驚かれたようでした。
その後7月に入ってすぐ、このノートパソコンは自分の物なので、私は約1週間の研修にこれを持って出かけることにしました。若い薬剤師たちと相談の結果、先日までパソコンで見せていたスライドを紙に印刷して、指導に使うことにしました。私が留守の間、2人の若者は「紙芝居」で説明を何度か試みました。紙芝居での説明を始めても患者様の反応は今ひとつだったのです。
まず、集中して聞いてもらえない。話の腰が折られる。まして話がどんどん脇道にそれ、孫や家族の愚痴などはじまればとどまるところを知りません。彼らの若さと、熱心さにもかかわらずです。結果的に質問も少なく、話も弾まなかったのです。
そこで業を煮やしたS君が、自前のノートパソコンを持ってきて、再び「電気紙芝居」に切り替えました。あーら不思議! たちまち皆様は熱心な患者様に早変わりです。ちょうどそのころ私が研修から帰りました。若い薬剤師たちはこの紙芝居と電気紙芝居の違いを、特に患者様の反応の違いを熱っぽく語りました。
こうして3人の薬剤師は8月に入った今日まで、約100人の方々にスライドを見せながら説明をしました。同じスライドを使いながらも、各薬剤師の持ち味や患者様の状態でさらに工夫をします。服薬指導記録を書きながら、指導のための資料がいかに大切か、また人の気持ちを引きつけ、理解いただくことがいかに難しいか、改めて痛感しております。