薬包紙を使う
そろそろ昼食時間というころになると、私はいつも調剤室に立ち寄ります。昼休み中も仕事は切れ目なくあるので、当番などの確認のためです。いつものように調剤室に入る私と前後して、一人の若い看護師が入ってきました。
「すみません、急いで乳糖0.5gを下さい」
すぐに若い薬剤師のS君が動きました。彼は秤(はかり)の上の薬包紙を点検し、乳糖を計りました。それから薬の載った薬包紙をおもむろに持ち上げ、分包機に薬を入れようとしました。この薬を分包機で包もうとしているのです。
「ストップ! 機械にかけないで、そのまま包む方がいいでしょ」と私は急いで声をかけました。
彼はうなずき、その薬包紙をおもむろに折りたたみはじめました。しかし手元がおぼつかず、やりなれていないことは明らかでした。
「貸してみて」と声をかけ、すぐ折りたたみ、無事に看護師にこれを渡しました。彼女は急いでいたのでほっとした顔で一礼をし、立ち去りました。
では、とS君に向きあい、薬包紙の取り扱いの話に入りました。
彼は昨年春に大学院を卒業後すぐこの病院に就職しました。これまできちんと薬包紙の取り扱いの説明を聞いたことがないとのことでした。また病院実習でも機会はなかったようでした。このことに今まで気づかなかった私は「しまった」と大反省でした。
その昔、私が薬学生のころ、調剤学の実習で薬包紙を使うことはよくありました。授業中に説明もあったように思います。また学生が薬などをきちんと薬包紙で包めているか、実習中に教授や助手が見て歩いていたように記憶しています。
そこへもう一人の薬剤師A君が現れました。
彼はS君に比べて実務経験が少し長いのです。私とすればかすかな期待をもって、「薬包紙の包み方を知っていますか」と質問しました。彼は当然という顔で、すぐ折りたたみはじめました。ホッとする私と、落ち込むS君の反応で、A君は状況を理解したようでした。
「最近は大学ではなかなか教えないようですね。みんなでやってみましょう」と、にわかの折り紙教室を私は提案しました。
3人が新しい薬包紙を持ち、ひと折りひと折りずつ進めていきます。S君の手はゆっくり動いています。最後まで折りたたみ、もう一度開いてみます。今度は折ることだけではなく、なぜそうするかを私が解説しながら進めました。はじめの三角は頂点をずらせること。端を折り返す時は少し傾斜をつけるなどです。これらは薬包紙から薬を別の器などに移す時、まとまって出やすくすることや、こぼれにくくするなどの配慮があるのです。一通り解説を終え、「はい、できあがり」で、一同そろってほっと一息です。
「このような解説は初めて聞きました」とA君が、「よく工夫してありますね」とS君が、それぞれ感想を口にしました。
ずっと以前、薬包紙で薬を包むことは当たり前でした。子供のころの記憶で、薬剤師だった母がものすごいスピードで薬を包んでいたのを見た記憶があります。また私が新人で勤務しはじめたころに分包機はもうすでにありましたが、まだまだ薬包紙も使われていました。「1日3回、1週間分」を薬包紙で包むためには、縦に3枚、横に7枚の薬包紙を、約3分の1ずつ重ねて並べ、その上に薬を1回分ずつ置いていきます。ベテラン薬剤師が目分量で薬匙(さじ)を上手に使う作業のスピードと正確さを、感嘆しながら見ていたものです。
今は分包機がますます高性能となり、1包ごとの分量誤差はほとんどなくなりました。その包むスピードもかなりのものです。また1包ごとに患者様の名前や飲む時間なども印字できるようになりました。でも機械は機械なのです。特殊な薬もあります。停電もあります。薬包紙は重宝なものです。先人が生み出した知恵は忘れずに受け継いで行きたいものです。