新人さん

春になると新調のスーツに身を包み、やや緊張した面持ちの若者たちをよく見かけます。長年薬局長をしていますので、今まで何人もの新人を迎えた経験があります。

A君は、初めて迎えた男性の薬剤師でした。見かけは細面の、やや神経質そうな印象でしたが、実際はとても人懐っこい方でした。

卒業前の面接では、卒業見込み証明書と成績証明書を提出してもらいます。これは薬剤師国家試験に合格する実力があるか、見極めるためでもあります。彼の成績はびっくりするくらい良いものでした。「ウーン」と私が一声発すると、「大学院に行きたかったのですが」と自分で話し始めました。父親が役所勤めであること、金銭的にもいろいろ負担をかけたので働くことにしたとのことでした。こうして彼は、晴れて私どもの仲間になりました。

長年女性薬剤師ばかりの職場でしたから、「黒一点」は目立ちます。そのうえ愛嬌者でしたから、看護師さんからもよく声がかかりました。病院薬局の午前11時ころは忙しさがピークです。新人さんには、「これやって」「あれやって」と声が飛びます。彼は「こまねずみ」のように動き回ります。

ある時、軟膏剤を作ることになりました。軟膏を二種類混ぜるのです。軟膏板に必要量を採り、へらで混ぜるだけです。しかし混ぜるといっても硬さの違うものですし、しかも油っぽくて、下手をすれば、へらの取っ手や軟膏板の外にはみ出すこともあります。やっと出来上がると、軟膏壺にこれを入れます。そして思い通りの量が出来上がったかを確かめます。下手な人が作ると1グラムくらい不足することがあります。それでは患者様へ、そのままお渡しできません。また不足分を追加で作り始めます。

このように手間どれば10分間以上余分に時間がかかってしまいます。迷惑するのは患者様です。窓口で「まだ?」などというやりとりが聞こえればなおさらのこと、当人は冷や汗をかいているのです。いつも皆に言っているように、「慌てず、騒がず、でも急いで」などという事態がほぼ毎日、薬局の中で行われているのです。

もうすぐ1年というころ、A君は「頭の中がグチャグチャです。臨機応変が出来ません。勉強をやり直します」と言って退職しました。本人の希望でしたから快く認めました。そして次の年、彼は晴れて大学院生になりました。自分を生かす道を見つけてよかったと思いました。

Bさんはとてもおしとやかな方でした。面接時は素敵な洋服に身を包み、「お嬢さま」とお見受けしました。本人の強い希望もあり、採用となりました。初日、目の覚めるようなドレスを着て登場しました。長い髪を垂らし、リボンも大きくついています。職場なので、髪を束ねるように話しました。2日目、またまた素敵な洋服です。バッグから靴まで、すべてピシッと決まっています。3日目、4日目と続きます。毎日この調子が続くので休憩時間に一緒にお茶をしながらいろいろ話を聞きました。

朝、母親が洋服からバッグ・靴までコーディネートしておいてくれたものを身につけて出勤。帰宅後すべて脱ぐだけで、母親が後始末をすることがわかりました。本人は何の疑問も持っていません。彼女が職場で朝の掃除をうまくできず、ウロウロしていたことも納得できました。やりつけていないことだったのです。結局、適材適所にほど遠いことをお嬢様本人が気づき、早々に退職となりました。

職業や職場が自分に適しているか判断することは、確かに難しいことです。近ごろは、やりたいことや適したことを見つけられず、フリーターを長く続ける方もいます。しかし少なくとも薬剤師を目指した方々は、あとは適所を見つければよいわけです。いろいろ考えた上で、学んだことを社会に還元し、貢献されることを願わずにはいられません。