褥瘡対策チームへの参加

2000年秋のことです。DI室に一本の電話がかかってきました。「写真をとってほしいのですが。М様の踵です」。私はすぐに薬剤師のS君にデジカメを渡し、M様の病室へ行くように指示しました。S君が褥瘡対策の取り組みを始めて数ヶ月、その成果を試す絶好のチャンスが来たようです。

M様は、脳梗塞後遺症のため身体が麻痺しており、寝たきり状態でした。さらに糖尿病もあるので、褥瘡や壊死がおこりやすい状態だったのです。

彼は病室に入って思わず鼻をつまんでしまいました。すでに医師が患者様の診療を開始しており、右足の踵は壊死し、そこから発生する悪臭だったのです。彼は「これはひどい!」と内心で驚愕しました。普段、調剤や病棟活動をしている薬剤師がまず遭遇したことのない場面だったからです。

薬剤師がこのような場面で呼ばれるようになったきっかけは、S君の好奇心からでした。資料で知った「褥瘡」がどういう状態なのか想像もできず、実際に処置の見学をさせてほしいと、以前に看護師に依頼していました。

はじめて褥瘡を見た彼の感想は「ありえない! 何かの外傷で傷があるのならともかく、寝ているだけで穴があくほどのひどい潰瘍ができるなんて」でした。そのうえ、このようなひどい褥瘡はなかなか回復しないので、何かよい薬はないか考えてほしいと看護師が頼ってきたのでした。

このように言われても、良い知恵がすぐに浮かぶというわけではありません。そこで三人よれば文殊の知恵とばかりに、薬剤師三人で相談したのです。これを機に薬剤師が褥瘡への取り組みを本格的におこなうようになったのでした。

それにしても、M様の踵はすごい悪臭です。何とか写真を撮っていると、医師が「どうしたもんだろね」とつぶやいているので、S君はとりあえず、外科的に壊死した部分を取り除くことと、消毒・感染防止のための軟膏処置を提案しました。医師はすぐこれに応じ、処置がはじまりました。

壊死した部分を切り取った時にまたパチリと一枚写真をとり、しばらく処置がなされるのを見ていましたが、「ごめんなさい」と言って彼は病室を出てしまいました。本当は最後まで処置を見ているべきでしたし、またそうしたかったのですが、あまりの悪臭で卒倒しそうだったのです。

それからは、定期的に処置の様子を写真に撮りました。病室を訪れるごとに悪臭はなくなり、踵の方もはじめは「汁がしたたり」、真っ黒だったものが、綺麗なピンク色になってきました。このあたりで処置薬剤の変更を薬剤師は提案しました。今までは感染予防が主体でしたが、これからは傷口を盛り上げ、塞いでいくことを主体とした薬に切り換える必要があると思われました。医師もこの提案を了承し、はじめの時期から二ヶ月後には新しい処置法となりました。約半年間の悪戦苦闘の末、M様の踵は元どおり綺麗に治りました。

その後、薬剤師は、いくつかの褥瘡症例の取り組みに参加し、今では褥瘡が見つかれば必ず呼ばれるようになりました。これらの経験から、褥瘡をまず作らせないこと、そのために患者様の全身状態の管理を徹底することを強く感じています。

現在では病院内で褥瘡対策委員会が定期的に開かれ、「褥瘡患者様の治療が正しいか」の検討のほかに、褥瘡予防への取り組みを含めた介護や治療計画書、リスクアセスメント表の作成なども、手順をおって出来るようになりました。

またこのような中で褥瘡予防対策の一環で体圧分散マットの導入にもこぎつけられましたので、一般的に見ても、褥瘡対策は十分に行えているという状態です。その成果から、近ごろでは褥瘡の写真を撮る機会が減り、うれしい限りです。