講演旅行 その1
それは2003年10月初旬の一本のメールから始まりました。『薬剤師が病院の中で薬局内に限らず活躍していることを話してほしい』という講演依頼でした。おおむね了承のメールを返信すると、数日後の10月11日にはもう依頼元の室蘭のN病院から経営管理部長H氏が来院されました。
実はこの話の布石はその年の春、出張先でN病院の理事長A先生とお知りあいとなったことにあります。仕事の合間に、A先生と最近の医療について大いに語りあい、「自分自身も含め、薬剤師という医療職にありながら、医療全般について考える人が少ないことが不満」と私は話しました。医師としてまた経営者としてのA先生の薬剤師評は「視野が狭い人が多い」という、とても辛口のものでした。
それだけに、薬剤師である私が管理部次長や地域連携室長という肩書を持っていることに興味を示されました。
一方、私は先生の意見に刺激され、『医療全般に貢献する薬剤師を育てることを急がねば』という以前からの思いがさらに激しく膨らみ、A先生の経営されている病院を見たいという思いで、「機会があれば見学させてください」とお願いしてあったわけです。
「私、N病院のHです」。自己紹介もそこそこに開口一番、「職員全体へ薬剤師が働く場所や薬剤師の意見を広く取り入れるように働きかけたい。また薬剤師自身が薬局にこもらず、幅広く病院全体で活躍してもらいたい」と述べられました。講演のスケジュールはまったく急な話で、約10日後の22日午後に来てほしいということでした。
私は自分のスケジュールを確認の後、講演前日に病院見学をさせていただくことをお願いしました。
さあその日からの10日間は、自ら招いてしまった超多忙が続きました。実はすでに10月31日に埼玉での大きな講演を引き受けていました。こちらの方の講演要旨は決まり、スライドはあと数枚を作成しなくてはいけないという状況でした。ここにN病院の講演が入ったわけです。しかしどちらの講演も薬剤師の仕事がメインですから、『まあよし』と考えました。
さて、まずは13日から15日に入っていた出張をこなすことです。出張先のホテルに落ち着くとすぐ、道すがら考えた埼玉講演のスライド案と室蘭の要旨案を、留守番の若い薬剤師にメールで送りました。画像作成の得意な
I
君にはスライドのイメージを伝え画像にしてもらうこと、文が得意なS君には文章の添削です。しっかり者の二人から「お断り!」のメールが来ないので一安心。そして私は出張先の課題に専念です。
二泊三日の出張を終え、16日はいつものように出勤です。たまった仕事を処理しながらも、合間に彼らと宿題について議論。さらにH氏とはメールのやり取りをしてスケジュールを決めました。18日には航空券も届き、20日朝にはなんとか室蘭講演の要旨が完成。その後、慌ただしくスライドの総仕上げをし、ようやくこれらの資料送信と折り紙配布の準備をN病院にお願いできました。
なぜ折り紙か? それはN病院が災害拠点病院と伺っていたので、職員たちが非常時に薬包紙を使えなければいけないと思ったからです。もし、停電にでもなれば手作業で薬を包む以外にはありませんから。そこで折り紙教室を講演の合間に行うことを思いついたのです。
そして旅行前日の夕闇が濃くなった6時過ぎ、私は羽田のホテルへと向かいました。室蘭旅行に備えての前泊のためです。
明日の晴天を願いつつ夕食後、私はまじめに講演の予習をしました。翌朝は願いが届いたのか気持ちの良い秋晴れの中、一路室蘭への旅が幕を開けました。 (つづく)