シートのミシン目

(参考資料)

薬はほとんど10錠単位で、1枚の細長い板状のシートになっている。このシートには従来、縦横にミシン目が入り、手でちぎって切り離せるようになっていた。このことが原因であるかはっきりとしないが、シートから薬を取り出さずに飲み込む事故が長年続いてあった。これがPTPの誤飲による事故である。

先日、北里大学東病院で最近10年間に約230件にのぼる誤飲事故があった、との報告を見つけた。誤飲は70歳前後に多く、それも男性に多いようであった。私の勤務病院でも2年ほど前に同様のことがあった。

「もしもし、病院ですか。今、家のおじいちゃんが薬を包みのまま飲んだみたいなんですが。薬の殻が一つ足りないので、心配で。このままでもかまいませんか。当人は平気でご飯を食べ続けているのですが、気になって電話しました」

連絡を受け、私は大急ぎで患者のカルテを点検した。澤田氏は77歳。脳梗塞後遺症で、飲み薬が5種類出されていた。薬はどれもPTP包装の錠剤とカプセル剤であった。

その後、急いで担当医に連絡をとった。「すぐに救急車で来てもらって」。医師は小声で「まいったなあ」と呟いていた。

折り返し家族に連絡し、約30分後には患者が到着した。ストレッチャーに患者を乗せ、スタッフ一同は急いでいた。シートの切り口が尖っているため、いつ胃壁や食道が傷つけられたり裂けたりしてもおかしくないからである。このようなことになれば大出血を引き起こしかねない。

レントゲンで胃の中に薬があることが確かめられた。澤田氏の胃の中で、薬はシートのまま、池に浮かぶ木の葉のようにプカプカ動いていた。医師は根気よく機械を操作し何度もこれを追いかけた。そしてついにこれを機械の先端のピンセントで拾い上げることが出来た。

患者が処置を受けている間、家族は看護婦から事故の危険性を聞かされ、やきもきしていた。やがて薬が取り出せたと報告を受け、彼らはほっとすると同時に、どっと疲れが出たようであった。

報告によると、薬をシートごと誤飲する患者の多くは、長年にわたって服用していながらも慌てたり、また、話に夢中になっていたり、あるいはテレビを見ながらの場合が多いようである。

このような事故を防ぐために、19948月に関連学会から製薬メーカーへ「一錠ずつ切り離せないようにミシン目を改善すること」「シートの材質を改善して溶けるようにすること」「シートの縁を鈍角にすること」「飲み込みが不可能な大きさにすること」が、要望として出された。

また病院へは「1回分ずつ1包にすること」「服薬指導を十分に行うこと」が望まれた。

その結果、968月から97年末にかけて、すべての薬のミシン目が縦または横の一方向となった。

今でもミシン目は、やはり縦横にあった方が鋏を使わずに1錠ずつ切り離せて便利、との声もある。そしてシートの誤飲事故が減少したとの報告はまだ耳にしない。医療現場では、今後も誤飲対策のために、患者向けのビデオ作成、薬袋への注意事項の記入、薬局窓口での啓蒙用ポスター掲示などを続けて行くのみである。