服薬指導
今年の春から私は服薬指導業務を担当しています。これは入院中の患者さんのベッドサイドに薬剤師が伺って、薬の効能効果、用法などのお話をする仕事です。また副作用が出ていないかと、観察や確認もいたします。
今日は朝一番に、看護婦の申し送りに参加して患者さんの最新情報を収集したところでした。次に、昨日終業前に準備した患者ファイルを取り出しました。ファイルには患者さんの入院前後の検査などのデータ、投薬を記録した薬歴表や服薬指導記録などが入っています。いよいよ午前の服薬指導開始です。
1人目は肝炎で入院されていましたが、本日退院の N 様、65歳、主婦の方です。
「おはようございます。N 様ですね」。患者さんに声をかけ、ベッドの名札も確認します。どのような場合でも、まず「患者確認」なのです。患者さんは退院出来ることが嬉しそうで、上機嫌でした。「本日お持ち帰りいただくお薬を持参いたしました」。手早くベッドについているテーブルに薬袋を3個置きました。それぞれに薬が入っており、これを出して並べました。1品ずつ手に取り、名前、飲み方、効能、保管の仕方をゆっくりお話します。
その後、持ってきた薬の説明書も広げて、もう一度患者さんの反応を見ながら確認していきます。さらにもう2枚、上の方にお日様を書いて「ご退院おめでとう」と、7色で印刷した用紙を広げ、「こちらはお薬について一般的な注意事項を書いたものです」と話し始めました。これはオリジナルで作成した「薬についての生活上の注意事項」を記載したものです。「食後とは」「副作用や相互作用とは」「薬を飲み忘れた時は」など、やさしく解説しています。何をお話しても「はいはい」ばかりでした。
「では、どうぞお大事に」と私は退室の挨拶をしました。すると急に患者さんがベッドに正座され、「いろいろ教えていただき、ありがとうございました」とお辞儀をされました。こちらも嬉しくなり、お互いに笑顔を交わして別れました。
2人目は Y 様、48歳。糖尿病の方です。今回は血糖コントロールのための入院です。私が声をかけると「やあ、おはよう」と元気な声が返ってきました。とても入院中の方とは思えないくらいの元気さです。彼への服薬指導は今日で2回目でした。前回は「糖尿病と薬について」をパンフレットで示しながらお話しました。薬は1種類だけなので、確実に服用していただければ問題ないのです。とすると、おおむね1週間に1回の指導は何をお話すればよいでしょうか。このようなとき、患者さんが糖尿病への問題意識を持っていただくことがまず大切と私は考えています。糖尿病は重症になるまで、ほとんど自覚症状がないのです。患者さん自身が病気の怖さを実感しないことが最も大きな問題と思えます。
病院では患者さんの所へいろいろなスタッフが伺います。この方の場合、栄養科は食事の取り方を、リハビリ科は主として運動のやり方に関わっています。そこで私は、すい臓の働きをはじめとして、薬の効くプロセスやインスリンについてお話をしていきます。インスリン注射をしている方には簡易血糖測定器の使い方なども説明します。医師が忙しくて触れられない治療の意義なども話題にすることもあります。こうして Y 様とは15分ほどお話して、病室を後にしました。
その後さらに数人の患者さんの病室に伺った後自分のデスクに戻り、お話したことを記録しはじめました。通常、5分話したことを記録するのに約2倍の時間がかかります。服薬指導記録簿や事務連絡表などにも指導したことを明記します。次に看護婦への申し送り書に要約を記録してから、直接内容について彼女達に話します。これでやっと一段落です。
一概に服薬指導といっても、単に決まりきったことばかりお話するわけではありません。患者さんの状態でかなり内容が変わるのです。身も心も臨機応変が求められる大切な仕事なのです。