13回目はとうぶん先?

今年、61歳を迎える私はこれまでにかなりの回数の引越しをしている。

最初は、戦争疎開で東京から石川県の片田舎への引越しだった。生後5ヶ月目の私は、母の背中で列車に揺られての長い旅路だったようである。

東京から湯谷村の母の実家へ到着するとほとんど同時に、父危篤の知らせが届いた。すぐさま母は兄だけを連れ、再び東京に向かった。その数日後、父が亡くなり、葬儀などの後始末など、終戦前の混乱期を母は実によくがんばったと思う。この大変な時期のことを聞くたびに、親子3人がよく無事であったと感心するばかりである。いま振り返ってみるとまったく記憶にないこの引越しが記念すべき第1回目だった。

その後は母の実家にひっそりと暮らしていたが、私が小学校3年生の時、そこからすぐそばの寺井町の一軒家に引越した(2回目)。母と兄、私の3人とわずかの家財道具が一緒に馬車に乗っていた。幼い私は新しい家と新しい小学校に心を奪われ、ただただ、わくわくしていた。母と兄の心境がどうであったかは改めて聞いたことはないが、その日がとても天気がよかったことと、広々とした平野の中にあるマッチ箱のような小さな家がピカピカに輝いて見えたのを覚えている。こうしていよいよ母子3人の生活がはじまった。母は保健所と病院勤務を数年ごとに繰り返していたが、薬剤師としての仕事が生活を支えることであったため、精一杯に見えた。当直もよくおこなっていたようで、子供二人での夜は長かった。しかし呑気者の私は母子家庭の緊迫感をあまり感じないまま、高校卒業まで結構安穏と暮らしていた。その後、いよいよ大学入学となり大阪の従兄弟の家に下宿した(3回目)。

大阪での学生生活は、薬学部といえば今でもそうだと思うが、とにかく忙しい。不器用で要領が悪く、そのうえ平均的な頭脳の持ち主としてはただただ勉学に追われた毎日で、進級するたびに時間が惜しく感じられて引越しを繰り返した(4回目・5回目)。そして最後はとうとう大学の正門まで歩いて約3分というところに部屋を借りていた。その当時は入浴と食事以外は勉強?と、社会とのつながりを断ち切った学生生活であった。ようやくめでたく大学を卒業した後に、東京都青梅市にある病院の宿舎に住んだ(6回目)。ところが男性ばかりの宿舎にうら若い乙女?がいると何かといろいろあり、とうとう我慢の限界とばかりに民間アパートに引越した(7回目)。そしてその3年後、東京都内の赤十字病院に勤務先を変更し、定年後の母が上京したことをきっかけに親との同居のために引越した(8回目)。

せっかく母子の生活がはじまったと思えば数年で突然結婚することになり、夫の会社の社宅へ引っ越した(9回目)。そこでは長女も生まれ平和に暮らしていたが、会社の合併がきっかけで千葉の社宅への引越しを促された(10回目)。

かと思えば、千葉でちょうど一年暮らした時、会社から持ち家をすすめられ、埼玉に家を買い、引越した(11回目)。持ち家があるというのはふしぎなもので、「引越しはもうおしまい」と思い込み、すっかり定住が身につき隣組とのお付き合いや町の行事にも参加し、満足した毎日を過ごしていた。

ところが昨年、室蘭へいきなり引っ越し、新しい病院に勤務の生活がはじまった(12回)。人生何が起こったかと今にして思うがその時は、「これは行かねばなるまい」という気持ちが強く、知人、友人はまだしも家族にもあまり相談することなく決行した。この年になっての遠方での勤務であり、夫にとっては大変思いがけないことなのでなかなか同意しなかったが、2人の娘が応援してくれた。家族ができてからはじめての私ひとりの引越しであり、夫ある身が一人で単身赴任ということから「逆単身」と私は呼んでいる。

そして今の住まいは病院の宿舎なので、少なくともあと1回は引越ししそうである。

まあ室蘭での毎日は病院の隣に住んでいることから、通勤時間が3分ですむので、おお助かりである。

また140キロ離れた札幌には仕事の関係でよく行くため半年ほど前にそちらにも部屋を借りた。この部屋にちゃっかりと長女が東京から引越してきた。ちなみに長女の引越しはもう6回目である。これも私の引越し歴とほぼ同様のペースに見える。いつの間にかひとり立ちした長女の人生を振り返り、その成長ぶりにちょっとびっくりしている。彼女のおかげで札幌の住まいにも生活観がでてきたうえ、娘にも会えることでちょっぴりうれしい親バカである。このように引越し歴を振り返ると、東京、石川、大阪、東京、埼玉、北海道とよく動き回ったと我ながら驚いている。日本は広い。でも大阪から以北のみと限定された地域だから、まだこれからも引越し範囲は広がる可能性があるのかと自分でくすぐったい気持ちになる。自分自身が物事や地域にこだわらない性格はこの数多くの引越しが影響しているのかもしれない。

そして今やこの北の大地がお気に入りになりつつある。北海道といえば人口や情報が札幌に集中しているようだが、この室蘭や伊達の穏やかさはなかなか捨てたものではない。この地方はいまや、定年後の第二の人生を過ごすために新住民も増加傾向にあるとのこと。まず景色がよいこと、特に空の広さと海の青さ。それに雪が少なく、寒さはまあまあ、食べ物がおいしく、また他人を受け入れる風土もある。近頃は13回目の引越しは案外近距離で、しかももうすぐかもと考えている私である。