飛行機に乗る

はじめて飛行機に乗ったのは、平成2年の5月に母の一周忌を田舎である石川県で行うときであった。羽田と小松間の空の旅は、初体験をする興奮から始まった。機内に入るとすぐ2人の子供と一緒になって座席やイヤホーン、照明器具などを触りまくり、大騒ぎをして夫に叱責された。また想像していたよりもずっと窓が小さかったことも驚きのひとつであった。

上空に上がった時には、外に広がる綿飴のような真っ白な雲に見とれた。「きっとあの上を歩くと気持ちがいいだろうなあ」という思いが涌くと同時に、うっすらと虹を見た。それで急に、母がこの上を歩いて天国に行ってしまったという気持ちが強くわいて、思わず涙がでた。

それから今日まで、田舎への墓参や仕事で、もう数十回は飛行機のお世話になっている。

2003年秋には急に室蘭のN病院からの講演依頼があり、はじめて羽田・千歳間の旅をした。北海道の広々とした風景と紅葉の色合いは、久しぶりに秋を堪能させてくれた。この時はまったくといってよいほど機体の揺れはなく、小松の時とは大違いであった。小松への空路は日本アルプス越えがあり、また富士山の周りをぐるりとまわるためらしいが、大きく揺れることがたびたびである。気流が不安定だからという話を聞いたことがあるが、自然の力を感じるときでもある。

そして近ごろは、物珍しさもすっかり影をひそめ、ANAとJALの違いに注目する。まずスチュワーデスのタイプが違う。かたや十人並み以上の美人ぞろい。また年齢も比較的若そう。一方こなたは愛嬌のある顔立ちの方がほとんどで、ちょっと小太りの方も。どちらがどうということは控えるとして、このような観察も楽しい。

また機内は、製造される会社によるのであろうが、テレビの位置や座席の具合も違う。そういえば、2004年2月に大雪で千歳に足止めされた時の対応はまったく腹立たしいくらいに違った。

ANAは、前日に足止めされた客には早朝いち早く整理券を渡し、キャンセル待ちの人たちがただ長時間行列することを避けるように懸命に応対した。JALはこれに比べてすっかり遅れをとり、長時間の行列とアナウンス不足で客を大いに憤慨させた。私も後者のグループだったので、その後は自然とANAの利用が多くなっている。

そして近ごろは、座席につくとすぐ眠る。

だが先週の6月18日は、これまでとはまた一味ちがった搭乗となった。この日は午後1時から新橋で行われる会議に出席すべく、朝7時過ぎに室蘭の自室を出発、一路千歳から羽田へ向かった。道中はずっと会議での内容を考えていたので、周りのことなどにはまったく無頓着で、気にならなかった。会議開始約40分前に第一ホテルに到着し、軽い昼食をしたあと会場に入った。

きっかり1時間30分の会議を無事終え、4時前には羽田に再びもどった。一息つくためお茶をし、機上の人となり、夜遅く無事自室へ帰った。帰りの道中は会議報告のことを考えることで忙しかった。結局この日は、東京へ行ったのに、まったく会議以外のことは記憶になく「キツイ」という思いだけが残った。

ことほど左様に、人間とは「まか不思議な動物」とでもいうのであろうか。心境の変化で同じことをしてもまったく気持ちが変わってしまう。

そして今日6月26日誕生日割引を利用して埼玉へ帰る途中である。通常の料金よりも安く往復できるので「使わない手はない」と一泊旅行を計画し、ただ今実行中である。親ばかで、また散財する羽目になることを承知で、わが娘に会えることで気持ちがウキウキしている。周りの様子も目に入る。土曜日なので楽しそうな笑顔の親子や夫婦連れも多い。もうすぐ羽田に到着だが、はじめて搭乗したとき以来、今日まで機窓から虹を再び見ていない。